2006年11月5日
新潟点字図書館にて
情報環境の変化
視覚障害者の情報環境について語る前に、社会全体の情報環境の変化を示すキーワードを並べておきます。
1.インターネット
2.携帯電話
3.デジタル放送
4.双方向性
5.移動せずに情報入手
視覚障害者の情報環境
1.情報受発信方法の歴史
1500年以前
晴眼者:言葉、手書き文字
視覚障害者:言葉
この時代は、手書き文字が読めないだけハンディがありましたが、見えていても文字が読めない人は多かったので、情報格差はさほどではありませんでした。
1500~1850年
晴眼者:言葉、手書き、印刷
視覚障害者:言葉
この時代は印刷技術が発明され、晴眼者の情報環境がぐんとよくなったため、情報格差がどんどん広がって行きました。
1850~1940年
晴眼者:言葉、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)
視覚障害者:言葉、点字
1825年にルイ・ブライユによって点字が考案され、19世紀後半には欧米で徐々に利用されるようになって行きました。
日本でも1890年に日本点字が制定され、その後、視覚障害者の世界に普及してきました。
この時代は、印刷でぐんと開いた情報格差を、点字で何とか少しでも縮めていこうという時代でした。
しかし、晴眼者の世界では新聞が普及するなど、印刷をより効果的に利用するようになってきました。
1940~1985年
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画
視覚障害者:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)
録音が視覚障害者のために利用され始めた時期を一般化するのは難しいのですが、1934年に米国でソノシートに図書を録音した「トーキングブック」がスタートしたので、一応、1940年を一つの区切りとしました。
日本での録音の視覚障害者向けの利用は、1957年(昭和32年)からです。この頃はオープンリールでしたが、1970年代に入ってカセットテープが登場し、録音図書の普及に拍車がかかってきました。
よって、録音メディアとしては、ソノシート(米国のみ)、オープンリールテープ、カセットテープと進化してきたことになります。
1986~1996年
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン
視覚障害者:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン
この時代は、パソコンが常法処理手段として加わってきました。
晴眼者の場合にはテキストファイルやワープロで作成したファイル、視覚障害者の場合にはテキストファイルとともに点字データファイルも重要な情報源として加わってきました。
視覚障害者はパソコンで文章を書くようになり、点訳者はパソコンで点訳するようになりました。
1997年以降
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット
視覚障害者:言葉、電話、点字、印刷(図書、雑誌)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット
この時代は、インターネットがさらに有力な情報源として加わってきました。
また、印刷物を全盲者が自分で読むということが現実になってきた時期でもあります。
晴眼者の世界ではWindows95が1995年秋にリリースされてから急速にインターネットが一般化してきました。
視覚障害者の場合には、1997年の秋に日本IBMからホームページリーダーが発売され、ホームページを音声で聞く環境が整いました。
さらに、OCR技術の発展により、1996年秋に「ヨメール」や「よみとも」などの活字印刷物を合成音で読み上げるソフトウェアが登場してきました。
その後、印刷物を音声で読み上げる読書機も開発され、視覚障害者の情報源の中にも印刷物が組み込まれました。
しかし、新聞は読むべき個所をセットできない、レイアウトが複雑すぎて正しい順番で読み上げることが困難などの理由で、全盲者がOCRを用いて独力で読むことはできません。新聞の場合には、新聞社サイトでの情報を音声プラウザで閲覧できることにより、環境が大きく改善されています。
インターネットの成長
情報メディアの中で、インターネットの成長は大変なものです。
情報を載せるメディアとしては、印刷が非常に有力なメディアであり、印刷技術が発明されていらい、ラジオやテレビの放送が登場しても、まだ印刷がトップの座を譲らずに存在してきていました。
ところが、21世紀に入ってからのインターネットの普及は非常に急速で、印刷というメディアを脅かすほどに成長しつつあります。
人々は手紙を送りあったりする代わりに電子メールで情報交換し、より多くの人に情報を見せたいときにはちらしを配るよりもホームページやブログで発表するようになってきました。
特に、ブログという仕組みは、これまでのホームページと同じようなものを手間をかけずに作ることができるため、非常に多くの人達が利用し始めています。
インターネットは元来電子的なデータの道路網なので、ブロードバンドという言葉で表現される高速通信が整備されてくると、これまで「情報」というくくりで整理されていたものは何でもやり取りできるようになります。
ワープロなどで作成された文書データはもちろんのこと、点字データ、録音データ、映像データ、音楽データなど、全ての種類の情報データがインターネットを介してやり取りされ、ホームページやブログからアクセスできるようになりつつあります。
このようなインターネット環境が進行しつつある現在、視覚障害者にとっては、情報窓口としてのホームページやブログが利用し易いかどうか、そして、情報そのものであるそれぞれのデータが利用し得るものかどうかが課題になってきます。
これらは進行中の事象なので、現段階において良いとか悪いとかいった評価はしにくいですが、性質として、印刷媒体に比べれば、はるかに晴眼者の情報環境に近い環境を享受できるようになりつつあります。
2.音声と点字
さて、それでは、今度は視覚障害者の切り口から情報環境を考えて見ましょう。
先に、多くの情報入手の入り口を紹介しましたが、これらは、視覚障害者個人が最終的に入手する窓口は、全て音声化点字のいずれかということになります。
音声読書機で印刷物を読んだとしても、元のメディアは印刷物ですが、最後の窓口は音声です。
ホームページの内容を点字ディスプレイで読んだ場合には、情報源はホームページですが、最後にその人に入ってくる窓口は点字なのです。
このように、情報の源はいろいろであっても、結局のところ、最後は点字か音声なのです。
3.情報入手の速度と正確さ
点字の場合
情報の入手には、速度と正確さという側面があり、視覚障害者は、それぞれの場面でどちらかをある程度犠牲にしながら、その方法を選択しています。
点字で情報を必要とする場合、点訳者に依頼して点訳の完成を待つのがもっとも正確な情報を得られます。その代わり、相当の時間を覚悟しなければなりません。
一方、点訳コピーシステムにかけて自動点訳させれば、1枚の印刷物なら2・3分程度、何ページにもわたるものでも、1ページ当たり3分ぐらいの時間で点字となった情報を手にすることができます。しかし、この場合、印刷物の読み取りも自動、読み取られたテキストから点字データへの変換も自動、全て人のチェックを経ずに自動で行うわけですから、相当の誤りが含まれていることを覚悟しなければなりません。
実際のところ、正しいテキストデータからの点字データへの自動点訳はかなり正確なレベルまで来ています。人の作業による点訳の場合、行飛ばしなどのミスが起こる可能性がありますが、自動点訳の場合にはそのようなミスは起きませんので、レイアウトの自動調整に多少の難があることを除けば、内容面では必ずしも人の作業の方が性格とは限らないレベルにまできているといえます。
しかしながら、印刷物をテキストデータにする場面では、どうしてもある程度の誤りが出ますし、レイアウトも自動点訳するのには適さないスタイルになります。
ですから、OCRでテキストデータにしたものを、自動点訳にかける前の編集を行い、編集後のデータを自動点訳にかけて、その後に点字データの状態で最終チェックをざっと行うというのが、このレポートを書いている2006年3月時点での正確且つスピーディーに点訳する最良の方法です。
しかし、この作業の流れは、点字を熟知している人が点字データとして起こす、いわゆる従来のパソコン点訳とはスタイルが異なり、必要とする技量もまた異なる点に求められます。もっとも大切な技量は、テキストエディタの編集作業だということになります。
よって、この作業手順を取る場合には、テキスト編集の得意な人と点字を熟知している人のチームで行う必要があります。
この場合、「点字を熟知している人」の役割は、視覚障害者が受け持つこともできます。
トピック:点訳コピーシステムによる点訳スタイル
点訳コピーシステムを用いた場合、速度が速い順に、以下の3段階の方法を選ぶことができます。
1)自動点訳
印刷物から直接点字出力する方法です。
これがまさに「点訳コピー」です。
しかし、印刷物の文字認識の段階である程度の誤りが出ること、正確に認識している部分でも、レイアウトが墨字用になっていることから、出力された点字は、いわゆる点字印刷物としての妥当なレイアウトを保つことは無理です。
それでも、とにかく早く内容を知りたいというときには非常に有効です。
会議やセミナーの直前にとりあえず参加者への配布印刷物をとにかく点字にしたいというときなどには使えます。
点字が読める視覚障害者にとって、進行中の議題を読みながら参加するのとそうでないのとは大違いです。
2)編集点訳
スキャンして認識した文書を、メモ帳やワードパッドなどのテキストエディタで編集してから点字印刷する方式です。
文字の誤認識を修正し、墨字レイアウトの都合の改行やスペースを削除するだけで、点字印刷物の精度が一気に高まります。
会議直前でも、ほんの少しでも時間が取れるなら、これを行うことを推奨します。
編集するのは点字データではなく一般のテキストデータなので、点字を知らない方でもできます。
3)校正点訳
点訳コピーシステムの中に組み込まれているEXTRAを利用して、点字データとしての最終校正を行ってから点字印刷するやり方です。
この方法がもっとも正確な点字を得ることができます。
しかし、校正作業は点字を熟知している人しか行ってはいけません。
点字を知らない方が点字データやカナデータでの校正を行うと、漢字かな混じり文の文書を直接印刷する2)の状態よりも不正確な点字データにしてしまう恐れがあります。
音声の場合
音声の場合でも、正確さを求めるときは、有能な音訳者に音訳を依頼します。
音訳者は、読み方などの前調査を行い、録音を行い、自分で一度校正し、さらに丁寧にやるときには別の人に校正を依頼しますので、非常に正確な情報が作成されます。その代わり、それだけの時間を覚悟しなければなりません。単行本1冊を録音図書にするのに、6ヶ月ほどかかると言われています。
一方、音声読書機を使えば、書店で購入してきた直後、図書館から借りてきた直後にそれを読んで、知りたい内容を知ることができます。しかし、こちらの場合は、文字認識の誤りや読み間違いによって、誤解してしまう可能性をある程度覚悟しなければなりません。
このように、視覚障害者の読書及び文字情報の入手においては、常に速度と正確さの重み付けで、どちらかをある程度犠牲にして本人の意思で入手方法を選ぶ形となります。
インターネットの強み
ところが、今、インターネットという非常に強い見方が急成長しつつあります。
現在、新聞社はどこでも自社のサイトを持ち、そこには最新の記事がどんどんアップされています。毎日朝刊として届けられる情報よりも、さらに新鮮な情報が新聞社のホームページにはアップされています。
また、ブログの普及により、資金力のある報道機関とは別の、一般民衆からの情報も、インターネット経由でどんどん得られるようになってきました。
インターネット上のホームページの場合、ホームページを読み上げる音声ブラウザで読めば、印刷物をスキャンして読むのとは異なり、ほぼ間違いのない正確さで読み上げることができます。
このように、インターネットは、視覚障害者にとって、スピーディー且つ正確な情報入手手段として位置付けられる、非常に価値の高いものになってきました。
4.目指すべき情報対応スキル
このように、社会の情報環境自体が大きく変化しつつある今、視覚障害者も、新しい環境に必要なスキルを身につけることによって、情報障害はもはや「障害」とはいえないほど大きく軽減されます。
以下のスキルを身につけることをお勧めします。
インターネット
- 効率的なページ読み上げ操作
- Google や Yahoo! を利用したページ検索
- 大量のメールを素早く処理する技術
- 大切なメールに対してすぐに返信を出す習慣
- すぐに返信を書くのが負担にならない程度のスピーディーなキータイピング
携帯電話
- メールに素早く返信する習慣
- 素早く返信するのが苦にならない程度の入力スキル
- 携帯ホームページを閲覧するスキル
柔軟な理解力
上でも述べたように、視覚障害者の場合には、素早く情報を手にしたいときには、ある程度正確さを犠牲にしてでもそれを得る努力が必要となります。
このとき、文脈の前後関係などで、多少の誤りは修正して理解する柔軟な理解力が求められます。
これは、英語のリスニングを想像していただければおおよそイメージできると思います。どうしても判らない単語がある、スピードが速くてついていくのが大変などという状況で、前後関係や話の筋からおおよそのないようを掴む、これと似たような技量が現代を生き抜く視覚障害者には求められています。
最後に
いつの時代にも、晴眼者の利便性が先に進み、その後を視覚障害者が追いかけるというパターンは変わりません。
しかし、パソコンやインターネットの発達により、後を追うのが非常に楽になってきたのも事実です。
インターネット社会においては、目が見えないというハンディよりも、英語が判らないというハンディの方が、むしろ情報ハンディキャップとしては大きいといえるのではないでしょうか。
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望月 優 プロフィール
1958年1月28日:静岡県静岡市に生まれる。
1965年4月:静岡県立静岡盲学校小学部に入学。
1974年4月:東京教育大学教育学部附属盲学校高等部に入学。
1977年4月:麗澤大学ドイツ語学科入学。
1978年:視覚障害者読書権保障協議会に入会。以後、1998年の解散の時まで読書権運動に専心。
1982年:麗澤高等学校非常勤講師(英語)となる。
視覚障害者読書権保障協議会代表となる。
1986年3月:麗澤高等学校退職。
9月:国立職業リハビリテーションセンター電子計算機科入学。プログラミングの学習を本格的に開始。
1987年12月:視覚障害者向けのパソコン関連システム販売を開始。
1989年2月:株式会社アメディア設立。代表取締役に就任。視覚障害者向けのシステム開発・販売を事業化。
1995年4月:本社を現在地(東京都新宿区西早稲田2-15-10 西早稲田関口ビル3F)に移転。
1996年9月:印刷物読み上げソフト「「ヨメール」」(リンクhttp://www.amedia.co.jp/product/yomail/index.htm)発売。
1998年1月:「ヨメール」にて、1997年度の日経優秀製品・サービス賞を受賞。
1998年4月:視覚障害者読書権保障協議会解散。
1999年1月:視覚障害者向け音声ホームページ読み上げソフト「ボイスサーフィン」発売。
2000年7月:メーリングリスト「メディアナウ」開設。
2002年4月:視覚障害者の情報文化を紹介するメールマガジン「アメディアレポート」創刊。
2002年9月:点字学習ソフト「ろくてん満天」発売。
2002年12月:東京中小企業家同友会に入会。
2003年3月:ウェブアクセシビリティ診断事業開始。
2003年5月:印刷物読み上げソフト「読み姫」発売。
2003年7月:メールマガジン「週刊福祉情報」創刊。
2003年8月:音声・拡大読書機「よむべえ」発売。
2004年1月:点訳コピーシステム「あっと点訳」発売
2004年12月:メールマガジン「ウェブアクセシビリティ入門」創刊。
2005年4月:東京中小企業家同友会障害者問題委員会の委員長に就任。
:日本盲人社会福祉施設協議会・盲人用具部会長に就任。
2005年5月:「よむべえ」、デイジー図書再生機能搭載。
2005年6月:ブログ開始。
2006年11月:「おしゃべりレコーダー」発売。