2006年2月17日
立川市立図書館における講演レジュメ
導入
本日は、話をシンプルで判り易くするために、「盲人」というときでも「視覚障害者」と表現するときでも、いずれも全盲の視覚障害者を想定します。
弱視の方は、本日の話からは外させて頂きます。
情報入手窓口の多様化
視覚障害者が情報を得る窓口は、技術の進歩とともにどんどん多様化してきています。
ただ、それを歴史的に見るとき、目の見える人の環境との比較で見ていく必要があります。
少し歴史的に振り返って見ましょう。
1. 1500年以前
晴眼者:言葉、手書き文字
盲人:言葉
この時代は、手書き文字が読めないだけ不利でしたが、見えていても文字が読めない人は多かったので、情報格差はさほどではありませんでした。
2. 1500~1850年
晴眼者:言葉、手書き、印刷
盲人:言葉
この時代は印刷技術が発明され、晴眼者の情報環境がぐんとよくなったため、情報格差がどんどん広がって行きました。
3. 1850~1930年
晴眼者:言葉、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)
盲人:言葉、点字
1825年にルイ・ブライユによって点字が考案され、19世紀後半には欧米で徐々に利用されるようになって行きました。
日本でも1890年に日本点字が制定され、その後、視覚障害者の世界に普及してきました。
この時代は、印刷でぐんと開いた情報格差を、点字で何とか少しでも縮めていこうという時代でした。
しかし、晴眼者の世界では新聞が普及するなど、印刷をより効果的に利用するようになってきました。
4. 1930~1985年
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画
盲人:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)
録音が視覚障害者のために利用され始めた時期を一般化するのは難しいのですが、1929年に米国でソノシートに図書を録音した「トーキングブック」がスタートしたので、一応、1930年を一つの区切りとしました。
日本での録音の視覚障害者向けの利用は、1957年(昭和32年)からです。この頃はオープンリールでしたが、1970年代に入ってカセットテープが登場し、録音図書の普及に拍車がかかってきました。
5. 1986~1996年
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン
盲人:言葉、電話、点字、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン
この時代は、パソコンが常法手段として加わってきました。
晴眼者の場合にはテキストファイルやワープロで作成したファイル、視覚障害者の場合にはテキストファイルとともに点字データファイルも重要な情報源として加わってきました。
6. 1997年以降
晴眼者:言葉、電話、手書き、印刷(図書、雑誌、新聞)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット
盲人:言葉、電話、点字、印刷(図書、雑誌)、録音、放送(ラジオ、テレビ)、映画、パソコン、インターネット
この時代は、インターネットがさらに有力な情報源として加わってきました。
晴眼者の世界ではWindows95が1995年秋にリリースされてから急速にインターネットが一般化してきました。
視覚障害者の場合には、1997年の秋に日本IBMからホームページリーダーが発売され、ホームページを音声で聞く環境が整いました。
さらに、OCR技術の発展により、活字印刷物を合成音で読み上げるソフトウェアや機器が登場してきたため、盲人の情報源の中にも印刷を加えました。しかし、新聞は読むべき個所をセットできない、レイアウトが複雑すぎて正しい順番で読み上げることが困難などの理由で、事実上OCRでは読めないので、新聞は外してあります。
7. インターネットの成長
情報メディアの中で、インターネットの成長は大変なものです。
情報を載せるメディアとしては、印刷が非常に有力なメディアであり、印刷技術が発明されていらい、ラジオやテレビの放送が登場しても、まだ印刷がトップの座を譲らずに存在してきていました。
ところが、ここ2・3年のインターネットの普及は非常に急速で、印刷というメディアを脅かすほどに成長しつつあります。
人々は手紙を送りあったりする代わりに電子メールで情報交換し、より多くの人に情報を見せたいときにはちらしを配るよりもホームページやブログで発表するようになってきました。
特に、ブログという仕組みは、これまでのホームページと同じようなものを手間をかけずに作ることができるため、非常に多くの人達が利用し始めています。
インターネットは元来電子的なデータの道路網なので、ブロードバンドという言葉で表現される高速通信が整備されてくると、これまで「情報」というくくりで整理されていたものは何でもやり取りできるようになります。
ワープロなどで作成された文書データはもちろんのこと、点字データ、録音データ、映像データなど、全ての種類の情報データがインターネットを介してやり取りされ、ホームページやブログからアクセスできるようになりつつあります。
このようなインターネット環境が進行しつつある現在、視覚障害者にとっては、情報窓口としてのホームページやブログが利用し易いかどうか、そして、情報そのものであるそれぞれのデータが利用し得るものかどうかが課題になってきます。
これらは進行中の事象なので、現段階において良いとか悪いとかいった評価はしにくいですが、性質として、印刷に比べれば、はるかに晴眼者の情報環境に近い環境を享受できるようになりつつあります。
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音声と点字
さて、それでは、今度は視覚障害者の切り口から情報環境を考えて見ましょう。
先に、多くの情報入手の入り口を紹介しましたが、これらは、視覚障害者個人が最終的に入手する窓口は、全て音声化点字のいずれかということになります。
音声読書機で印刷物を読んだとしても、元のメディアは印刷物ですが、最後の窓口は音声です。
ホームページの内容を点字ディスプレイで読んだ場合には、情報源はホームページですが、最後にその人に入ってくる窓口は点字なのです。
このように、情報の源はいろいろであっても、結局のところ、最後は点字か音声なのです。
情報機器紹介
それでは、情報を得る視覚障害者の視点から、情報機器やソフトウェアを整理して見ましょう。
1. 点字とソフトウェア
点字を作り出すもっともベーシックな道具は、点字板と定規と点筆です。
次に、点字タイプライターがあります。これらは、点字を周知している人が、人力で点字の情報を紙というメディアの上に作成する道具です。
1985年代半ばから後半にかけてコータクン、ブレイルスター、BASEといったような、点字エディタと呼ばれるパソコン用ソフトウェア群が登場してきました。これらの点字エディタは、やはり点字をよく知っている人が点字として文書を作成するためのソフトウェアであり、点字を作成する効率を上げるためのものでした。
一方、1990年代に入ると、ガッテンダとかEXTRAといったような、漢字かな混じり文のデータを解析して分かち書きも施して点字データに変換するソフトウェアが出てきました。これらのソフトウェアは、それまでの点字を知っている人が効率を上げるために使うものとは異なり、点字を知らない人でも点字のデータを作成することができるものであり、その意味で、視覚障害者の情報源自体を広げるものとなりました。
実際に、現在販売されているEXTRA for Windows Version4 では、テキストファイルに加えてワード、エクセル、PDF、HTMLなどのデータも直接点字に変換することができます。
2. 点字プリンタとディスプレイ
点字プリンタは点字データを用紙に打ち出す機器、点字ディスプレイは点字データをピンの浮き上がりで点字を表現する機器です。これらの機器自体には漢字かな混じり文を分かち書きされた点字に変換する機能はありません。
そして、これらの機器を導入する際に考慮しなければならないことは、ソフトウェアとの関係です。
多くの方々は、機器自体の方に気が行ってしまい、ソフトウェアのことを考えずに機器のカタログの写真や性能のみで判断してしまうことがあります。
ところが、基本的な仕組みとして、パソコンから点字データを点字プリンタに送らなければ点字印刷はできませんし、パソコンから点字ディスプレイに点字データを送らなければピンで表示されません。これらの「点字データを送る」という作業は、ソフトウェアが行うのです。
また、「点字データを送る」際には、パソコン側と点字プリンタや点字ディスプレイ側での約束通りにやり取りしなければうまく行きません。パソコンがピッチャーで点字プリンタや点字ディスプレイがキャッチャーです。このピッチャーは剛速球やものすごい変化球を投げるので、サインの交換がしっかりできていないと、キャッチャーは受け取れません。そのサインの交換をつかさどるのがソフトウェアです。
ですから、点字プリンタや点字ディスプレイを選ぶ際には、必ずどのソフトウェアが目的とする機器に対応しているかを確認してから最終決断を下す必要があります。
一番よくある間違いは、ジュリエットやETなどの両面同時印刷対応点字プリンタを購入するのに、ソフトウェアはBASEしか持っていないというようなケースです。
BASEは奇数ページを連続で打ち出してから偶数ページを後で打ち出すというような機能は持っています。実際、この機能はソフトウェアとしてはかなりレベルの高い機能です。しかし、これは同時印刷ではなく、手で裏返す方式の両面印刷のための機能です。よって、両面を本当に同時に打ち出す仕組みになっているジュリエットやETには使えないのです。
結局、ジュリエットやETの両面同時印刷機能を利用するためには、EXTRAやブレイルスターなど、これらの点字プリンタに明示的に対応しているソフトウェアを使う必要があるのです。
3.印刷物を音声で読み上げるソフトと機器
1996年秋に「ヨメール」と「よみとも」が発売されてから、多くの視覚障害者がパソコンに繋がれたスキャナの上に印刷物を置いて、その内容を合成音で聞くという、新しい読書スタイルを取り入れました。
1999年の秋には、パソコンにつながなくても単体で読むことのできるいわゆる「音声読書機」が発売されました。
現在、音声読書機としては、「よむべえ」(税込み198,000円)が非常に普及しています。
主な印刷物読み上げソフト
品名 | 価格 | 備考 |
---|---|---|
よみとも | 73,290 | |
マイリード | 92,400 | |
ヨメール | 69,300 | 編集機能、色読み上げ機能付き |
4.デイジー再生機
録音図書の世界は、米国でのソノシートによるトーキングブックから始まり、オープンリールテープによる録音に移り、カセットテープになり、現在、デイジー形式のデジタル録音に移行しつつあります。
デイジーは1992年頃からその研究がスウェーデンと日本を中心に活発化し、2000年以降になると、複数の再生機が登場して、検索性のある便利な録音形式として普及してきました。
現在のデイジー図書は主にCDに録音されていますが、デイジー事態はデータ形式であって、録音メディアを選ばないので、今後は別のメディアでのデイジー図書の提供が盛んになる可能性もあります。
特に、インターネットを介してのデイジー図書の提供に関しては、日本点字図書館が Biblionet というサイトを立ち上げ、既にサービスを開始しています。
情報入手の速度と正確さ
1.点字の場合
情報の入手には、速度と正確さという側面があり、視覚障害者は、それぞれの場面でどちらかをある程度犠牲にしながら、その方法を選択しています。
点字で情報を必要とする場合、点訳者に依頼して点訳の完成を待つのがもっとも正確な情報を得られます。その代わり、相当の時間を覚悟しなければなりません。
2.音声の場合
音声の場合でも、正確さを求めるときは、有能な音訳者に音訳を依頼します。
音訳者は、読み方などの前調査を行い、録音を行い、自分で一度校正し、さらに丁寧にやるときには別の人に校正を依頼しますので、非常に正確な情報が作成されます。その代わり、それだけの時間を覚悟しなければなりません。
一方、音声読書機を使えば、すぐ、その場で、知りたい内容を知ることができます。しかし、こちらの場合は、文字認識の誤りや読み間違いによって、誤解してしまう可能性をある程度覚悟しなければなりません。
ところが、音声に関しては、インターネットという非常に強い見方が急成長しつつあります。
現在、新聞社はどこでも自社のサイトを持ち、そこには最新の記事がどんどんアップされています。毎日朝刊として届けられる情報よりも、さらに新鮮な情報が新聞社のホームページにはアップされています。
ですから、これをホームページを読み上げる音声ブラウザで読んだ場合、印刷物をスキャンして読むのとは異なり、非常に正確に読み上げることができます。
このように、インターネットは、視覚障害者にとって、スピーディー且つ正確な情報入手手段として位置付けられる、非常に価値の高いものになってきています。
3.柔軟な理解力
上でも述べたように、視覚障害者の場合には、素早く情報を手にしたいときには、ある程度正確さを犠牲にしてでもそれを得る努力が必要となります。
このとき、文脈の前後関係などで、多少の誤りは修正して理解する柔軟な理解力が求められます。
これは、英語のリスニングを想像していただければおおよそイメージできると思います。どうしても判らない単語がある、スピードが速くてついていくのが大変などという状況で、前後関係や話の筋からおおよそのないようを掴む、このような技量が現代を生き抜く視覚障害者には求められています。
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情報発信手段と情報機器
これまで、情報を入手することばかり述べてきました。
実は、情報を発信することに関しては、歴史的に見ると視覚障害者には言葉という強い見方があるので、情報入手ほど大きなハンディを感じてこなかったというのが現状です。
しかし、文字で情報発信することができず、これが視覚障害者の職業的可能性を大きく阻んできました。
そんな中、コンピュータ技術の進展に伴い、音声ワープロという形で墨字を自力で書くことができるようになりました。
1980年代半ばに、パソコン用のワープロソフトとして、高知システム開発からAOKワープロという製品が発売され、大変多くの視覚障害者がこれを愛用しました。
私も高等学校で英語を教えていた頃にこれを購入し、教科書以外の資料を作成することができるようになり、大いに活用しました。
このように、文字を書くことに関しては、文字を読むことの約10年前に既に実現していました。
最近は、「プレゼンテーション」という言葉で代表されるように、視覚に訴える表現方法が一般化してきました。
私達視覚障害者にとっては、この「プレゼンテーションスタイル」の常法発信はどうしても苦手です。
よって、未だに文字型情報発信と言葉による情報発信の組み合わせで対応している人がほとんどです。
視覚に訴える「プレゼンテーション型情報発信」に関しては、今後の課題の一つといえるでしょう。
また、ホームページやブログによるインターネット上での情報発信に関しても、文字型ならば対応できる環境が整いつつあります。
いつの時代にも、晴眼者の利便性が先に進み、その後を視覚障害者が追いかけるというパターンは変わりません。
しかし、パソコンやインターネットの発達により、後を追うのが非常に楽になってきたのも事実です。
インターネット社会においては、目が見えないというハンディよりも、英語が判らないというハンディの方が、むしろ情報ハンディキャップとしては大きいといえるのではないでしょうか。